NDil-007「ザ・スケルトンダンス」




■「ザ・スケルトンダンス」桑島由一

「こんにちは、チェシャ猫さん」「こんにちは、アリス」
朝起きると世界が一変していた「ニューワールド」、
セックスに執着する男とセックスを拒絶する女の物語 「ザ・スケルトンダンス」、
十代の純粋な自分に戻りたいと 願う中年男と少女「アリス」の三本を収録!
前作「鍵穴ポエム」と似ているようで別ベクトル! 往年の(?)スタイルを再現した
壊れぎみな一冊です!



-本文サンプル-

  僕は、中学生や高校生の女の子が、売春をする様子が映った動画をインターネットで
落として毎日見ている。僕はもう、彼女たちのような、繊細な気持ちを持ってはいないのだと
思いながらペニスを握る。モニタの中で、幼い少女がセックスをする。僕はそれを見て自慰行為をする。
 モニタの中の少女は、とても美しい。お金の為に身体を売ってはいるけれど、柔らかそうな肌や、
控えめな胸は、他の何にも代え難いほど僕を魅了する。
 ねえ、もし、きみみたいな女の子と僕が触れ合うことができたら、またあの頃みたいな気持ちに
戻れるんだろうか。繊細で、未熟で、青い臭いのする、十代の頃の僕になれるんだろうか。
モニタの中の少女は、僕の質問には答えてくれない。彼女が僕に対して、どんな気持ちを
持っているのか、薄い液晶越しにはわからない。
 彼女たちがセックスを繰り返す安っぽいホテルの一室に僕が入りこむことができたら、なにか
言葉をかけてくれるかもしれない。そうすれば僕は、今の僕から抜け出せるかもしれない。
その時にこそ、僕は、もっとまともな人間になれるはずだ。
 呼吸が乱れ、額を汗が伝う。小さな声を漏らし、モニタを見ながら射精をする。
 ティッシュで精液を処理した後に画面を見ると、さっきまで美しかった少女が、汚らしい獣に見えた。
                                                 (「アリス」より)

 目覚まし時計の音で目を覚ます。
 俺は眠い目をこすりながら、手を伸ばしてそれを止めた。
「麻美、起きる時間だぞ……」
 ぼんやりとした視界の中で、天井が妙に白く見えた。数年前にローンで買ったこの家の天井は、
俺と妻の麻美の喫煙によってクリーム色に変色していたはずだ。昨晩は気づかなかったが、
いつの間にかハウスクリーニングの業者でも入れたのだろうか。
 しかし、すぐにそうではないことがわかった。麻美を起こそうと彼女を見ると、彼女もまた
白かったのだ。元々肌の白い女ではあったが、そういったレベルの白さではない。
 単一に、真っ白なペンキで塗りつぶしたような色をしている。肌だけではない、パジャマも、
髪の毛も、全てが白いのだ。俺は少し混乱しながら、白い掛け布団を手で……
 白い掛け布団?
 俺たちが使っていた布団は、新婚の時に無理をして買った高級な羽毛布団だった。それは
若草色をしていて、二人に似合う色だと麻美と笑った。それも今や、ただの白い布団でしかなかった。
部屋を見回すと、カーテン、壁、家具、それの全てが白かった。
 艶のあるブラックが気に入って買った万年筆も、石の入った腕時計も、大きな液晶テレビも、
ありとあらゆるものが真っ白になっていた。
 もしかして、麻美が一晩かけて用意したジョークだろうか? だが、彼女はそんなタイプの女ではない。
それに昨日は夜遅くまで二人でDVDを見て、セックスをして、それから眠った。こんなことに
手間をかける時間はなかったはずだ。
「麻美、起きろ。変なんだ」
 俺は枕に顔を埋めている麻美の肩をつかみ、顔が見えるようにひっくり返す。
 驚いたことに、彼女の顔は真っ白で、目や、鼻が存在しなかった。のっぺらぼうという妖怪を
漫画で見たことがあるが、それにそっくりだ。口だけがぽっかりと穴をあけてはいたが、
中が真っ白だった。歯が白いのはわかるが、舌も白い。俺は驚いて声を上げた。
 そこでようやく麻美も目を覚ました。彼女はゆっくりと布団から身体を起こし、部屋を
見回した後に俺を見て笑った。
「ねえ、なんの冗談なの? あなた、顔がのっぺらぼうになってる」
 慌てて自分の顔を手で触る。
 表面は酷くのっぺりとしていて、口以外のパーツが消えていた。

                                       (「ニューワールド」より)