NDil-006「サウザンノッカーズ/In Lock」




■「サウザンノッカーズ/In Lock」科学忍者村

「異次元を三時間ほど行ったところに喫茶店があった。」
衝撃の問題作「壊死マシーン」で登場した科学忍者村が、
さらなる高みへ! 家族に捨てられた少年、両生類、
サンタクロース、かっこいいサングラス、様々なキーワードを
使い、独自に操り組み上げられた物語をぜひご覧ください!



-本文サンプル-

 サトシは家族に愛されていたに違いないのだ。かわいい子には旅をさせよと諺にもある。
 サトシの家族は彼を愛するが故に家族全員で旅に出たのである。行く先さえ告げず、
おそらくは二度と戻らぬ旅に。
 飲み込みの早い子であった。小学校時代には牛乳の早飲みで右に出る者はいなかった。
サトシは直感的に自らの置かれた境遇を感じ取った。コンビニエンスストアで粗大ゴミシール
300円と200円を買い求めた。上着を脱ぐと体のよく見えるところ、右と左の肩胛骨のあたりに貼った。
そして役場に一本の電話を入れる。
「子猫が一匹、泣いてましてね。ええ、迷子らしいんです。悲しくはありませんけどね。」
 そして気をつけの姿勢で区の回収車が来るのを待つ。潔い、サムライの生き様、覚悟。
サトシの持つ何ものにも縛られない自由な精神と独立の心は誰にもおいそれと真似のできない宝石だった。

 残酷な時間が過ぎていった。少年は齢を重ね、不良になっていた。あの時の瞳はそのままに見えた。
喫煙も覚えたし、年上の女性と何度か性交渉もしたし、小さいながらも気の利いた暴走族のリーダー
にもなっていた。俺の人生、悪くないぞ。彼はひとりごちた。悪くない。決して悪くない。心の奥の方では
とっくに気がついているから何度も繰り返すのかもしれない。いや、気づいているのだ。
本当はそうではないということに。

 春、恋の季節。暴走族「学校龍運転手〔スクリュードライバー〕」はライバルグループとの抗争の真っ最中。
暴走族がもつ特有のエネルギー。それが夜のハイウェイでぶつかり合うと、それはそれは見事な花が
咲くのだという。血と汗と、肉片とプラスチックと金属片とモイスチャーリンスの香りが乱れ散る、
今ではすっかりおなじみの原風景。人類が本来狩猟民族であることを思い出させる貴重なスナップショット。
元気な男の子達、好きですか?私はあんまり。
 抗争は真夜中、ヴェルヴェットの夜の帳の下りた中で行われる。いつだってそれがルール。
それが男と男のあり方、俺たちのただ一つのフェイバリットだった。脳が沸騰し、血がたぎる。荒々しい
男達の息づかい。暴力が支配するエンタメ世界。だから暴力って大好きだぜ。そうつぶやきながら
ジャイアントカプリコをコーンからむさぼる彼。彼はこの先何が起こるかなんてまるで知らないから
そうやってお菓子なんてのんきに食べてられるんですよ。サトシは関係者各位の不注意と運命の
いたずらにより敵のずるい悪巧みに首まですっぽりと陥ったのである。

 それは、ずるく、悪く、そして時に悲しすぎる姿だった。戦いの場、すなわちバトルフィールドに
突如として現われたその異形。そのサイズ。月明かり、ネオンサイン、ヘッドライト、篝火を受けて
そびえ立つ巨大で異様なその姿。制作日数三日の鉄と合板とスチールワイヤによる卒業製作か、
はたまたフォースの暗黒面に落ちた運慶快慶が作り上げた金剛力士像か。赤ちゃんなら
びっくりして夜通し泣き続けるほどの恐ろしい姿。
「一体あれは?」学校龍運転手のメンバー達は色めき立った。豆腐屋の息子、自衛官の息子、
五歳までピアノを習っていた子。その生い立ち、暮らしは様々だったが気持ちは今一つとなった。
 ヘッドライトが照らした。頭頂部の辺りに十五センチほどの小窓が開く。丸形の、ちょっと小粋な
レースのカーテンがついていて、制作者のセンスの良さがうかがえる。あそこから世界を見晴らしたら、
小さな悩みなんて吹っ飛んでしまいそうだ。
 そしてそこから現われたもの。次々と姿を現す小さな命。それはハムスターであった。巨大な異形の
卒業制作から無数のテンジクネズミの襲来。予期せぬ出来事としか言いようがない。後から後から。
それは尽きることなく現われる。馬鹿げている。常識を疑うその光景。だがしかし、気がつけばそこにいた
誰もが心を奪われていた。誰だって数え切れないほどのハムスターが突如として夜のハイウェイに現
われたらびっくりするに決まっている。それもこんな戦いのさなか、急に優しい気持ちにさせられたら。

「ずるいことしやがって」と立腹する前に「ほう、これはなかなか。」と思わず感嘆の声を上げずには
いられないほどの仕上がり。他には無いのか?もっと君の仕事がみたい、等と思うぐらいの
見事さであったが事態はそれを許してはくれなかった。