NDil-002「カントドリップ」




■「カントドリップ」吉川佳図志

「君に意思はあるの?」
閉鎖的な毎日を繰り返す彼の前に現れたのは、
自分の理想とする女の子だった。彼女は何者なのか、
二人はどこに向かっていくのか。
自意識と性欲に溺れながらも、彼は答えを見つけようとする。
Webで文才を発揮するO-TOこと吉川佳図志の完全書き下ろし小説。
思春期の視点を持ったまま大人になった彼が描く、混沌としたラブストーリー。


-本文サンプル-

 目が覚めた。その瞬間、布団に入ったままの僕は、これは夢だ、と気付く。
 睡眠から覚める夢。夢である自覚のある夢。覚醒夢。
 この状況が覚醒夢である事は、寝ている僕の顔を覗き込む、見た事も無い
女の子が傍にいる事、その状況に、自分が全くうろたえて無い事で確証を得た。
まず、僕には、家に来てくれるような女の子の知り合いなんていない。というか、
女の子の知り合いなんていた試しが無い。それゆえ、女性に対する免疫が付かず、
二十歳になった今でも、女の子が近くにいるだけで、震えるし、汗でビショビショになるし、
気絶さえしかける。しかも、そこまで意識する癖に、絶対に女の子の顔、というか目を
見る事が出来ないのだ。
 なのに、僕は何処までも冷静だった。そして、普段、絶対出来ないだろう事をした。
その子の顔をじっと見つめたのだ。十八、九歳ぐらいの子だろうか。現実で見た事は、
多分、無い顔。アニメでも無い。可愛い。しかも、凄く。潤った小さめな唇や、
すこし広めなおでこや、顔を構成するパーツの一つ一つが、どこか愛らしい感じがする。
そして、一番特徴的な、くりくりとした大きな目で、むこうも、じっと僕を見ていた。
 その唇が開いた。
「おはよう」
「おはよう」
 焦りもせず、ドモりもせず、僕は応える。やっぱり夢だ。
「だけど、まだ夢の中だよね。なのに、おはようって正しいのかな?」
「でも、起きたじゃない。だから、おはようで間違ってないわ」
 なるほど、とも、違うとも思った。が、彼女の見かけとはギャップのある、少し低目の声が
心地良くて、そんな瑣末な事はどうでも良くなってしまった。
「起きる?」
 と、彼女は聞いてきた。けど、彼女のサラサラで軽く茶色がかった長めの髪が、
僕の顔に触れそうで、この髪に触れられたら凄く幸せだろうな、と思い、
あまり動きたくなかったのだけど、結局、うん、と応えた。彼女が、そっと身を引く。
髪の毛が揺れながら遠ざかった。少し、悲しくなった。