NDil-001「鍵穴ポエム」




■「鍵穴ポエム」桑島由一

「やべー、まじで自決するしか。」
無職、アルコール中毒、キャバ嬢に恋愛中。出口なし。
そんな三十歳目前の男は、詩人を目指していた。
今日も彼は酒を飲みながら、人には言えないアルバイトをするために
絵本作家の住むマンションへ向かう。

桑島由一の暗部が爆発する、いやな感じの新境地。
過去に別名義で発表された時には未収録だった幻の第二章に加え、
短編小説「farm/palm」も追加。ノーディスクから奇跡の再発です。


-本文サンプル-

他人の目など気にしないと強がっていたさっきまでの自分が馬鹿みたいで
恥ずかしいです。少し気分が良かったぐらいで、なにを生まれ変わったつもりに
なっていたのだ。浅はかだ、僕はとことん単細胞だ、愚鈍な田舎者だ。
ごめんなさい、本当は他人の目が気になって気になって仕方ないの。あらやだ赤面。
どうしようどうしよう、いっそこのまま窓ガラスを突き破って、走行中の車内から
飛び降りてしまおうかしら。僕の身体は粉々に砕け散って、線路脇に赤い花が
咲くのですよ。自決じゃ自決じゃ。
 すると、誰かの声が聞こえ始めた。僕のすぐ背後で何者かが話している声が
聞こえるのです。

-------

「あの……」
 と、少女は控えめに言った。はい、なんですか、と僕は答える。
 だけど彼女は黙っている。次の言葉を口にするまでに時間がかかるんだ。
 彼女の頭の中には大きな木があって、その枝に言葉がぶら下がっている。適切な
言葉を取ろうとしても、少女の背は低いのでなかなか手が届かない。そうやって背伸びを
しているうちに、あれ、本当に取るのはこの言葉でいいのかなって迷って、そうしてまた
少し木から離れて、どれにしようか俯瞰的に悩むような。
 少女は知恵ちゃんというのだけど、なかなかの口下手、人嫌い、で、僕と同じか、
あるいは僕よりもうんと恥ずかしがりなのだ。
 ええと、と、なにか考えながら、知恵ちゃんは首をかしげる。
 神様が丁寧に作った細工のような細い髪が、パラパラと彼女の耳を隠す。きっと僕は
知恵ちゃんに惚れてしまったんだろうな。そうじゃなかったら、神様の細工だなんて
戯けたことは言い出さないもの。
 ふうっと風が吹いて、知恵ちゃんのスカートを少し膨らませる。細い脚が
露出しそうになるのを、手でただす。飼い犬をたしなめるようにして、めっ、と、手で。
素直なスカートは少女に言われた通り、また素足を包み込む。
あー、生まれ変わったら僕は、あの従順なスカートになれないかしら。ふんわりしていて、
やや少女趣味のスカートに。少女趣味って、知恵ちゃんてばまだ少女なんだものね。
そりゃそうだよね。

「鍵穴ポエム」より