あるところにいるクマ

 あるところに、クマくんがおりました。


「やあ僕はクマくん」

 クマくんはモゾモゾコソコソ。どうしたのかな?

 「クリスマスプレゼントをクマちゃんに買うの」

 クリスマスプレゼントを買おうと、モゾモゾゴソゴソ。

「クマのおっちゃん、このコレジャレたポーチおくれ」



「おうクマくん。これは並行輸入品の上に限定品だから
うちの店で、しかも一個しかないんだよ」

「いいからおくれ」

「まいど」

 クマくんはプレゼントを手に入れモゾモゾゴソゴソ。

「クマちゃんは喜んでくれるかなあ」

 ドキドキワクワク。クリスマスまで、まだ少し時間があるのです。



「ああ、早く渡したいなあ。どんな顔をするんだろう。でもまだだもの。
クリスマスまで時間があるもの。それまで我慢。それまで内緒」

 クマくんは内緒のプレゼントをモゾモゾゴソゴソ。

「ポン酒でもやって、気持ちよく寝たいなあ」

 そんなお店からの帰り道。なんとクマちゃんに会いました。



「あらクマくん。心底にやけた顔してどうしたの?」

 クマくん、モゾモゾドキドキゴソゴソドキドキ」

「あのね……クマちゃんにね……」

「うん。何?」

「あのね……そのね……」

 クマくんはプレゼントを渡したかったのです。クマちゃんの喜ぶ顔が
みたかったのです。だけどまだ内緒なのです。クマくん、ちゃんと
クリスマスまで我慢できるかな?

「うんと……ね……その……内緒!」

 クマくんは内緒にできました。偉いのです。よくできました。

「ふーん。内緒なんだ。ふーん。私に秘密?」

「秘密ってんじゃないけどね。その、あの、内緒なの。内緒なの」

「ふーん。感じ悪いわね」

 クマちゃんはまゆげをピクリ。違うのクマちゃん、クマくんの秘密は、
悪い秘密じゃないのよ。

「感じ悪くないよ。じゃあ言うよ」

 あらあらクマくん。ちゃんと内緒にしなくっちゃだわよね?

「言いなさいよ。クマ吉(本名)。あんた、ほら、さっさと」

「えーとね……うんとね」

 クマくん、内緒を言おうかモゾモゾゴソゴソ。

「うーんとね、うーんとね」

「何よ」

「やっぱり内緒!」

 クマくん内緒にできました。

「あ? つか、マジ感じわるくねえ? クリスマス、あんたと過ごすの
やめるわよ。感じ悪いから。マジで」

「ええっ!?」

 クマちゃんキレる若者。クマくんを無視して、家に帰ってしまいました。

「そんな……クマちゃん……」



 せっかくの約束が台無し。せっかくのプレゼントも台無し。そりゃ
クマくんの歯切れの悪い態度にも問題はあるのよね。

「どうして。どうしてなんだろう。僕は、クマちゃんに喜んで欲しかった
から内緒にしてただけなのに……それなのに、会えないだなんて」

 クマくん涙がポロポロ。クマくん、はしゃぎすぎてポロポロ。
 本当は好きなだけなのに、それだけなのに、なんかアクシデンツ的な
ことが人生には多すぎなの。クリスマスは一人決定。

 そんなクマくん、お店にポーチを返しにいきます。

「どうしたクマくん。ポーチ返品?」

「うん、僕にはもう必要ないんだ。だから返品なの」

 クマくんの手元には二万八千円が戻ります。だけど
嬉しくありません。むしろ悲しいくらいです。クマくんは、
この日のためにバイトしたんですもの。深夜の松屋とかで。
 クマちゃんのためのお金だから、自分で使う気にもなれないの。

「まあええわ。クリスマスは楽しめや」

 楽しめないけど、うなづくクマくん。うん、うん、楽しみます。うん。

 一方クマちゃん、翌日にお店にいきます。



「あら、コジャレたポーチね。いいじゃない」

「おう。それは昨日売れたけど返品で戻ってきたんだ。運がいいね」

「戻ってきた? じゃあ安くしないさよ。なめてんの。商売」

「いやいや、未使用だから安くはならないよ。クマくんが買って
いって、三十分後には返品さ」

「クマ野(本名)の野郎が? ははん……そういうことだったのね」

「どういうことだい?」

 クマちゃん、ある程度のことを察しました。クマちゃんは大卒、クマくんは
中卒、こんなところで差が出るものですね。

「はぁ……今年はシングルベルか……さんまちゃんのサンタのテレビ見よ……」

 クマくんへコんでます。しょんぼり。せっかくクマちゃんと一緒だと思ったのに。

「おい、クマ」



「えっ」

 振り向くとクマちゃんがいました。肩からはこじゃれたポーチをかけています。

「似合うか? これ」

「うん、似合うよ!」

「さっきはすまんかった。な」

「うん、平気だよ」

「じゃこれ、領収書ね」

 領収書には「クマ野クマ吉様 ポーチ代として」バッチリ書いてあります。

「ありがとう。プレゼントだべ?」

「うん。そう」

「じゃ、精算お願いします。出しておいたんで」

「う、うん」

 クマくん、クマちゃんに二万八千円を渡します。領収書を受け取ります。

「ほら。クリスマスなんだから。笑え」

 クマくん、自分がなぜか泣いていることに、そう言われて気づきました。

「あれ、なんで僕、泣いてるんだろう」

「……嬉しいからじゃない?」

「……うん。そうだね」

 クマくん、クマちゃんの手を握ります。嬉しくて涙を流しながら。

「メリークリスマス」



「うん、メリークリスマス」

 クマちゃんから貰ったものは、領収書だけだったけど。

 それでもクマくんは嬉しかったのです。

 なぜなら、それが愛だからです。

おわり